SU(2)群とsu(2)代数の表現論(その2)〜 有限次元既約ユニタリ表現とWignerのD行列 〜
本記事ではコンパクトリー群の中でもSU(2)群についての有限次元既約ユニタリ表現(unitary irreducible representations)について紹介する。
SU(2)群の既約ユニタリ表現は球面調和関数やスピンを考えるうえで重要である。
本記事の構成は以下のようになっている。
- 有限次元表現の導入
- ユニタリ性を持つ内積の導入
- 既約表現であることの証明
- WignerのD行列
ノートを添付する。
SU(2)群とsu(2)代数の表現論(その2).pdf - Google ドライブ
今後の展望
ウィグナーのD行列を使って、SO(4)群の表現論を論じる。
リファレンス
- Enomotoさんのノート
- トロント大学講義ノート(Fiona Murnaghaさん)、"INTRODUCTION TO REPRESENTATION THEORY"
- シュヴァレー リー群論 (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2012/6 クロード シュヴァレー (著), Claude Chevalley (原著), 齋藤 正彦 (翻訳)
- N.Ja. Vilenkin, A.U. Klimyk: Representation of Lie Groups and Special Functions: Volume 1: Simplest Lie Groups, Special Functions and Integral Transforms (Mathematics and its Applications)
- Robert Gilmore, "Lie Groups, Physics, and Geometry: An Introduction for Physicists, Engineers and Chemists" (2008)
- Robert Gilmore, "Lie Groups, Lie Algebras, and Some of Their Applications (Dover Books on Mathematics) "
- 特殊ユニタリ群 - Wikipedia
群の表現論(その1)〜 定義や幾つかの事項 〜
本記事では群の表現の定義や表現論の定理の幾つかを紹介する。
表現論の中でもよく用いられるSchurの補題(とその逆)を説明する上での準備という意味合いがある。
本記事の議論は有限群には限定していない(とくにコンパクトリー群への応用を考えているので)。
記事の構成は
- 群の表現の定義と幾つかの定理
- ユニタリ表現と幾つかの定理
となっている。
本記事の構成はトロント大学の講義ノート(Fiona Murnaghaさん)を参考にしたが、論理を補強するために環上の加群に関する本を参考にした。
群の表現論(その1).pdf - Google ドライブ
今後の展望
Schurの補題やコンパクト群に関する表現論については第二弾記事で扱う。
リファレンス
SU(2)群とsu(2)代数の表現論(その1)〜 SU(2)群とsu(2)代数の導入 〜
本記事ではSU(2)群とsu(2)代数の表現論に関する第一弾の記事である。
第一弾ではSU(2)群の行列を用いた定義、すなわち線形表現による定義を紹介する。
この場合、行列の次元をもつベクトル空間への作用を想定しているので、定義の時点ですでに表現となっている。
表現や表現論については別の機会に説明する。(一言で言うと群から線形写像への群準同型が(線形)表現である)
また、本来は位相空間や(実)多様体、位相群の定義からきちんと行う必要があることをコメントしておく。
本記事の構成は
- いくつかのリー群の定義
- SU(2)群の多様体としての性質
- su(2)代数の導入
となっている。
SU(2)群とsu(2)代数の表現論(その1).pdf - Google ドライブ
まとめと今後の展望
本記事ではSU(2)群の行列を用いた定義や多様体としての性質、接ベクトル空間としてのsu(2)代数の導入について説明した。
第二弾の記事でSU(2)群とsu(2)代数の既約ユニタリ表現について紹介する。
リファレンス
- シュヴァレー リー群論 (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2012/6 クロード シュヴァレー (著), Claude Chevalley (原著), 齋藤 正彦 (翻訳)
- N.Ja. Vilenkin, A.U. Klimyk: Representation of Lie Groups and Special Functions: Volume 1: Simplest Lie Groups, Special Functions and Integral Transforms (Mathematics and its Applications)
- Robert Gilmore, "Lie Groups, Physics, and Geometry: An Introduction for Physicists, Engineers and Chemists" (2008)
- Robert Gilmore, "Lie Groups, Lie Algebras, and Some of Their Applications (Dover Books on Mathematics) "
- 超球面 - Wikipedia
- 特殊ユニタリ群 - Wikipedia
【ノーベル賞関連】Berezinskii-Kosterlitz-Thouless 転移について
2016年のノーベル物理学賞は、J. M. Thouless, D. J. Kosterlitz, F. D. M. Haldane の三人が受賞した。
「物質のトポロジカル相とトポロジカル相転移の理論的発見」が受賞理由となっている。
近年、物質中におけるトポロジカル相の発現というものが盛んに研究されており、その先駆者としてこの3人に贈られたようである。
トポロジカル相というものは様々なエキゾチックな量子力学的な状態を総称したものである。
たとえば量子ホール効果を示す量子ホール状態、表面にのみトポロジカルに保護された伝導状態をもち内部が絶縁体となっているトポロジカル絶縁体、等が有名なトポロジカル相を発現している物質である。
これらのトポロジカル相はそれなりに安定に存在できるのだが、安定性の原因がトポロジーに起因する、というところに共通の特徴がある。
本記事では、ThoulessとKosterlitzの受賞理由の一つとなった、Berezinskii-Kosterlitz-Thouless転移という相転移現象について解説する。
BerezinskiiはKosterlitz-Thoulessの論文以前に同様の相転移を研究していた。
ただし、有限温度(0でない温度の意)での転移を初めて説明したのはKosterlitz-Thoulessの方だということである。
XY模型
彼らが考えたモデルは二次元古典スピンXY模型(以下、XY模型)である。
XY模型は二次元面内で回転できるスピンが相互作用するモデルであり、例えば二次元超伝導・超流動や二次元磁性系の研究に用いられる。
ハミルトニアンは、
のように表される。ここでスピンの大きさは1と考え、相互作用は内積で与えられるものとする。
の時は強磁性であること、すなわち相互作用する(ここでは隣接する)スピン同士が同じ向きに揃う傾向があることを表す。(逆符号は反強磁性体)
従って温度ゼロではすべてのスピンが同じ向きになったときがもっともエネルギーが低い状態となる。
一方、有限温度では周りの環境(熱浴)とスピン系は相互作用をしてエネルギーを授受している。
熱浴は巨大な自由度を持っており、その結果スピン系のエネルギーはカノニカル分布という統計分布にしたがって揺らぐことが知られている。(平衡統計力学)
カノニカル分布によればあるスピンの配置(各スピンの向きを変数とする多変数関数と解釈できる)が実現する確率は
となる。
このように、有限温度では状態は確率的に定まり、スピンの向きは勿論のこと、エネルギーや比熱等のマクロな観測量は揺らぐことになる。
従って決定論的にモデルの持つ性質を探索するということはできない。
その代わりに、確率的にどのような状態が実現しているのかを探索することが可能である。
確率的な事象を調べるのに有効な手段はMonte Carlo法(モンテカルロ法)である。
(有限サイズスケーリングの問題があり、実はMonte Carlo法でBKT転移の臨界現象を再現することは難しい。
しかしながらトポロジカル相転移の振る舞いを理解する上では有効な手法であると考えられる。
Kosterlitz-Thoulessはくりこみ群を用いて結果を出している。)
Monte Carlo法によるシミュレーション
シミュレーション結果
以下にMonte Carlo法によるシミュレーション結果をお見せする。(手法についてはここでは説明しない。プログラムは自作のものを用いている)
各色はその位置にあるスピンの向きを表示している。
高温状態
色が全く揃っておらず、スピンの向きが無秩序となっていることが見て取れる。
当然、磁化(全スピンベクトルの平均値)はゼロとなる。
低温状態
局所的には同じ色の領域が拡大し、スピンが局所的に秩序を形成していることがわかる。
しかしながら全体としては揃っておらず、磁化(全スピンベクトルの平均値)は(配置平均をとった結果)ゼロとなる。(二次元XY模型では長距離秩序=磁化がゼロにならない、が有限温度で発現しないことが数学的手法により示されている。Mermin-Wagnerの定理と呼ばれる。)
このように局所的に秩序がある状態を準長距離秩序という。
そして着目すべき点は、ところどころで色が一周して変化する場所があることである。
このような場所の周りでぐるりとスピンの角度の変化を眺めると、スピンの向きが回転していることがわかる。
これは渦が形成されていることを示す。
そして、渦の近くには必ずもう一つの渦が存在し、逆周りの渦(色の変化が反対)となっていることがわかる。
実は、渦がペアで生じる、というところにトポロジーの概念が適用されるのである。
トポロジカル相転移
Kosterlitz-Thoulessの成果は有限温度において相転移が生じることを示したことである。
すなわち上記にシミュレーションは低温と高温では単にスピンのバラバラ具合が変化しただけではなく、マクロな状態として大きな違いがあるということである。
それを示すためにはマクロな物理量の飛びを示さなくてはいけないが、シミュレーション結果からもトポロジーの概念を用いて理解できる。
高温状態の特徴は色がいたるどころで無秩序に変化することである。
すなわち、渦がいたるところで存在するのが高温状態である。
そして最大の特徴が渦がペアでできておらず、同じ向きの渦が近くにある状態が実現されている、ということである。
一方、低温時には渦が必ずペアで存在し、一つの渦の近くに反対向きの渦が存在する。
今異なる向きの渦のペアが一つだけある状態を考えよう。
このとき、渦を近づけて行って連続的にスピンの配向を少しづつ揃えていくと、すべてのスピンが揃い渦のない状態を実現できる。
連続変化により渦のない状態と反対向きの渦のペアが一つある状態を接続でき、これをもって両状態のトポロジーが同じ、と表現する。
一方で同じ向きの渦が二つ存在する場合は、連続変形では渦なしの状態にできない。
従って、同じ向きの渦が二つ存在する状態と渦がない状態はトポロジカルに異なる、と表現される。
因みに反対向きのペアが一つ、二つ、と増えても連続変形により接続し、トポロジカルに同じと言える。
この辺りは後で図を拡充予定
Kosterlitz-Thoulessが示したことは、高温時と低温時では渦の状態に違いがあり、スピン配向の連続変形によって両者を接続できない、すなわちトポロジカルに異なることである。
低温時は渦なしの状態とトポロジカルに同じなのだが、高温時は違う、ということを示したのである。
このようなトポロジーが異なる状態間の相転移現象、すなわちトポロジカル相転移を発見したことが今回のKosterlitz-Thoulessノーベル賞受賞に繋がったのである。
シミュレーションソフトウェアについて
自作のソフトウェアを用いた。
プログラムはこちら
を押すとXY模型.appというのが出てくるのでこれをダウンロードしてXY模型.appをクリックすれば動く。
動作条件はMacOSの10.6以降10.12まで(の筈)。
ただし動かない場合は、XY模型.app/Contents/MacOS/XY模型 という内部プログラムの実行権限を得ること。(chmod 777 など)
動いても画面の更新が不安定な場合はT/Jのテキストボックスをクリックしてキーボードの右矢印を何回か押してみること。
全く動かなかったらごめんなさい。
万が一このプログラムを使用したことで起きた損害があっても保証は致しません。
リファレンス
- The Nobel Prize in Physics 2016 - Scientific background: Topological phase transitions and topological phases of matter - NobelPrize.org(ノーベル物理学賞の公式HPの解説記事)
- ベレジンスキー=コステリッツ=サウレス転移 - Wikipedia
- Kosterlitz, John Michael, and David James Thouless. "Ordering, metastability and phase transitions in two-dimensional systems." Journal of Physics C: Solid State Physics 6.7 (1973): 1181.
水素様原子スペクトルに関するBargmannの議論(その2)〜 Pauliの解法と放物線座標表示解法の関係 〜
記事
ではBargmannの議論にしたがって、水素様原子スペクトルに関するPauliの解法とFockの解法の関係性について説明した。
すなわち、Pauliの解法において重要な働きをしたLRLベクトルが、実は四次元空間における回転群の生成子の一つであることを説明した。
Pauliの解法
では の同じ既約ユニタリ表現に属するベクトルの直積として解を表せることを示した。
一方、別の記事
では、放物線座標を用いた解法を説明した。
そこでは、解がラゲール陪多項式二つを用いて
と書けることを示した。
ただし、 となっているので、独立な量子数は である。
量子数の許される領域は
である。
本記事では両方の解法で出てくる解が一対一対応していることを示す。
この発想自体はBargmannによるものであるから、記事の題名として「Bargmannの議論」という言葉を用いている。
水素様原子スペクトルに関するバーグマンの議論2.pdf - Google ドライブ
まとめ
本記事ではPauliの解法と放物線座標表示解法の解が一対一対応していることを示した。
すなわち、
の関係が成立している。
この対応が存在する原因は、どちらの解もハミルトニアン、角運動量極軸(あるいは量子化軸)成分、LRLベクトル極軸(あるいは量子化軸)成分、の三つの演算子の同時固有状態となっていることに由来する。
よく知られた極座標表示解法による解がハミルトニアン、角運動量の自乗、角運動量極軸(あるいは量子化軸)成分、の三つの演算子の同時固有状態となっていることと対照的である。
リファレンス
Pauli、Fock、Bargmannの論文
Schrödinger、Epstein、Wallerの論文
この記事を書くにあたり参照した論文
- M. Bander and C. Itzykson, Rev. Mod. Phys. 38, 330 (1966) - Group Theory and the Hydrogen Atom (I)/読めます