【レビュー】Bertrandの定理

本記事はBertrandの定理についてのレビューである。

Bertrandの定理とは

Bertrandの定理は次のことを主張する。
「三次元ユークリッド空間を想定した時、中心力ポテンシャルであって任意の束縛軌道が閉軌道を成すのは、Coulomb型ポテンシャルかHooke型ポテンシャルかのいずれかである。」
ここで閉軌道とは周期性を持つ軌道のことであり、閉軌道を成すとは運動状態 {\textstyle (\vec{r},\vec{p})} が周期的に変化することである。
ハミルトン力学的には一定時間経つと位相空間上の同じ点に戻ることを指す。
Coulomb型(あるいはKepler型、ニュートン型)はポテンシャル中心からの距離の逆数に比例するポテンシャル
{\displaystyle V(r) =- Cr^{-1} \ \ (C>0) }
であり、Hooke型(あるいは調和振動子型)は中心からの距離の二乗に比例するポテンシャル
{\displaystyle V(r) = Cr^{2} \ \ (C>0) }
である。
両ポテンシャルに対応する物理法則は一般に前者についてはNewtonの逆自乗の法則、後者についてはHookeの法則と呼ばれる。
因みに、逆自乗の法則の発見者について多少の議論があり、
De motu corporum in gyrum - Wikipedia
に詳しい。

Bertrandの定理以前

Coulomb型、Hooke型の両ポテンシャルであることが任意の束縛軌道が閉軌道を成すための十分条件であることは、早くから(力学創設と同時期に)気付かれていた。
すなわち、NewtonのPrincipia(Proposition X and in the Proposition XI of Book I)中に論じられている。
例えば、近日点や遠日点という特徴的な点が存在し、これらが不動であるということがわかっていた。
また、両ポテンシャルにおける束縛軌道が楕円軌道を成すことが知られていた。
ポテンシャル中心は、Coulomb型の場合は楕円軌道の焦点の一つに、Hooke型の場合は楕円軌道の焦点間の中点(長軸と短軸の交点)に、それぞれなっているのである。

これらのポテンシャル以外で閉軌道をなすものを探す試みはあったようだが、見つかることはなかった。

Bertrandによる証明

両ポテンシャルであることが必要条件であることについては、1873年のBertrand(Joseph Bertrand - WikipediaBertrand's theorem - Wikipedia)による証明を待たねばならなかった。
Bertrandが行なった証明の成功ポイントは、上記必要条件を「真円軌道(これは常に閉軌道)から連続的にずらしていった軌道について、ポテンシャル中心と近日点・遠日点を結ぶ直線の成す角(apsidal angle)が円周率  {\textstyle \pi}有理数倍であり一定となること」と読み替えることができたことにある。

Bertrandの定理はフランス語で発表されているが、その英訳+解説 については
Santos, F. C., Soares, V., & Tort, A. C. (2011). An English translation of Bertrand’s theorem. Lat. Am. J. Phys. Educ. Vol, 5(4), 694.
で入手可能である。
訳者であるSantosらによれば後の時代に提案された別証明と比較してもelegantだと上記の論文で述べている。

Bertrandの定理の意義

Bertrandの定理の意義について少し考察する。
Bertrandの定理は、球ポテンシャルでかつ遠隔で減衰するという条件の下でCoulomb型でない場合は、軌道が安定ではないということを主張しているのである。
これは星系の軌道の安定性の観点で興味深いものである。
Coulomb型ポテンシャルで相互作用することでこそが現実の星系における軌道を「なるべく」保つ働きをしているのである。
「なるべく」と言ったのは、現実の星系の軌道は様々な摂動効果(他の星の存在・相対論的効果・質点ではないこと)により不変ではないことへの注意喚起である。
我々が住む太陽系の行く末というのは古今東西の関心事だと思われるが、力学的な関心事の一つである軌道が保たれるかどうかについては、Bertrandの定理が少しではあるが指針を与えているのである。

別の証明方法の探求

Bertrandの定理では若干難しい積分に帰着させており、解釈が難しいと思われる部分である(これがSantosらによってelegantだと指摘される理由でもある)。
Bertrandの定理のより良い解釈のために、いくつもの別証明方法が現在に至るまでに探求されている。
摂動展開を用いたり、束縛状態を保持しつつもエネルギーが大きい時の極限を考えたり、エネルギーの関数としてのapsidal angleの変化具合からポテンシャルを逆構成したり、等の方法が考えられている。
これらは微分方程式をまともに扱う手法であるが、全く異なる方法としては微分方程式の持つ対称性(力学的対称性)に着目した手法がある。

Bertrandの定理の背後にある対称性

Bertrandの定理の背後には通常の球対称ポテンシャルには存在しない、運動の第一積分(保存量)の存在がある。
一般の球対称性ポテンシャルには角運動量ベクトルとエネルギーの計4つの独立な第一積分があり、これにより運動が平面に限られる、等の拘束条件が生じる。
しかしながら一般の球対称性ポテンシャルでは、軌道が閉じる、すなわち遠日点等の特別な点が固定される現象は生じ得ない。
軌道が閉じるという現象はもう一つの保存則(あるいは運動の第一積分)の存在を意味する。(二つ以上ではない理由は位相空間の次元は6次元なので独立な第一積分が6つだと動かなくなってしまうから。)
この時、独立な運動の第一積分が5個となるのだが、このような系は最大超可積分 (maximally superintegrable) 、あるいは単に超可積分、な系と呼ばれる。

Coulomb型ポテンシャル(Kepler問題)の場合はもう一つの第一積分Laplace-Runge-Lenz(LRL)ベクトルの中に含まれる。
LRLベクトルは遠日点とポテンシャル中心を結ぶベクトルであるが、この方向自体が独立な第一積分である。(ノルムについては他の第一積分と独立ではない。)
そして、LRLベクトルと角運動量ベクトルは適当な変換の元で、so(4)代数を構成することが知られている。(参考ケプラー問題と力学的対称性(その3)~ 束縛状態のso(4)リー代数 〜 - adhara’s blog
考えている系の空間次元から想像される対称性はSO(3)であるが、力学を記述する微分方程式ハミルトニアン・ヤコビ方程式)の持つ対称性がそれを超えたSO(4)であることを意味する。
このような空間次元から考えられる対称性を超えた対称性は力学的対称性と呼ばれる。

一方でHooke型ポテンシャル(三次元等方調和振動子)の場合はDemkov-Fradkinテンソル(2階対称テンソル)というものが保存される。
これはその固有ベクトルのうち二つが長軸方向ベクトルと短軸方向ベクトルに相当する、という性質を持つ。
長軸と短軸は直交するので新たに生じる独立な第一積分は長軸の方向だと考えることができる。
そして、Demkov-Fradkinテンソルの5つの独立なトレースゼロ成分と角運動量ベクトルの3成分は、su(3)代数を構成することが知られている。
やはり空間次元から考えられるSO(3)対称性を超えたSU(3)対称性が力学を記述する微分方程式に備わっている、ということである。

まとめと今後の展望

本記事ではBertrandの定理のレビューを行い、Bertrandの定理の証明までの歴史や、Bertrandの定理の意義や背後にある対称性について、紹介した。
今回は超可積分系についての導入としての役割もあった。
今後超可積分系に関する記事を充実させていきたいと考えている。

リファレンス

Bertrandの定理の証明

Bertrandの元証明(非摂動的方法)

非摂動的方法

摂動的方法

束縛状態を保持しつつもエネルギーが大きい時の極限を考える方法

ポテンシャルを逆構成する方法(逆問題法)

超可積分性・力学的対称性の利用

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