三次元 Helmholtz 方程式を変数分離することができる11種の直交座標系の紹介

Helmholtz 方程式波動方程式*1を時間部分と空間部分に変数分離して解く時の、空間部分の方程式である。したがって物理の問題としては波動現象を考える時に出てくることが多い。

一方で、Helmholtz 方程式については多様な変数分離可能性(Multiseparability)があることが知られている。多様な変数分離可能性は、数学的には特殊関数間の繋がりが見られる点で面白い現象である。すなわち、各座標系を使って調和関数を変数分離表示する際に何らかの特殊関数が用いられるが、座標系間でそれらを比較することにより一見非自明な恒等式が誘導できる可能性がある。

数理物理の文脈では、Helmholtz 方程式以外にも Hamilton-Jacobi 方程式や Schroedinger 方程式に対して多様な変数分離可能性を考えることがある。*2このような場合は多様な変数分離可能性は「超可積分性(Superintegrability)」と関係してくる。超可積分はLiouville可積分の特殊な場合であり、独立な運動の積分の数が通常の Liouville 可積分の数(自由度の数)よりも多い状態を指す。特に独立な運動の積分の数が自由度の数の二倍より一つ少ない数になるときは「最大超可積分系(Maximally superintegrable systems)」と呼ばれ、古典系の場合は束縛軌道が必ず閉軌道になることが知られている。最大超可積分系の古くから知られる例は古典力学では Kepler 問題や等方調和振動子の問題、量子力学では水素原子や量子等方調和振動子の問題である。超可積分系においては多様な変数分離が可能であることが知られている。

Helmholtz 方程式はその簡潔な表記のためか特に多くの座標系で変数分離可能である。例えば三次元 Helmholtz 方程式を変数分離することができる直交座標系は次の11種類であることが Eisenhart(1934)*3 によって示されている。

それぞれリンク先は全てWikipediaの記事である。本記事では多様な変数分離可能性を考える準備としてこれらの座標系について概要を紹介する。本記事を書くにあたり Boyer, et al. (1976) *4を参考にしている。

Helmholtz 方程式の特別な場合である Laplace 方程式についてコメントする。Helmholtz方程式で固有値が0の時に Laplace 方程式に帰着する。物理の問題としては一様媒質中の静電ポテンシャルや拡散方程式の定常解を求める際に出てくる。Laplace方程式の解は調和関数と呼ばれている。Laplace 方程式を変数分離する場合も上記の11種の直交座標は有効であるが、Laplace 方程式の対称性は Helmholtz 方程式の対称性より広い*5ことからより多くの直交座標系で変数分離可能である。*6

カーテシアン座標系

カーテシアン座標系はユークリッド空間において直交する3軸に付随する座標であり最も汎用性がある。

円筒○○座標系

円筒(cylindrical)がつく座標系は、二次元平面における直交座標系に対して面に直交する軸由来の座標を加えたものである。これらは二次元座標系の平易な拡張であり、加えた軸に関して何らかの対称性がある問題については有効である(軸方向に伝搬する波動方程式など)。

球座標系

三次元性がより重要になるのはその他の座標系である。中でも、球座標は三次元回転対称性のある問題、あるいはその対称性を持つ系からの摂動を考える際に有効性を発揮するものである。Helmholtz 方程式を球座標系を変数分離した際に出てくる調和関数の角度部分は「球面調和関数」*7と呼ばれるものである。球座標系はデカルト座標系についでよく使われる三次元の直交座標系であろう。

放物線座標系

球座標系と同じく三次元性が重要な座標系として放物線座標がある。球座標系と比較するとややマイナーではあるが自然科学で使われることがある座標系である。特に水素原子の Schroedinger 方程式を考える際には Laplace-Runge-Lenz ベクトルの働きを見やすくする座標系として重要である。

二つの回転楕円体座標系

球として近似することが多い物体でも自転の効果などのために実際は軸方向に少し潰れたり逆に伸びたりする場合がある。例えば地球もそうである。このような時に球座標系からの摂動を考える場合でもよく現象を記述できるかもしれないが、より解析的に優れた表現を得るためにはその形状を捉えることができる回転楕円体座標系を用いることがある。軸方向に潰れた場合は扁平回転楕円体座標(oblate spheroidal coordinates)と呼ばれ、伸びた場合は偏長回転楕円体座標(prolate spheroidal coordinates)と呼ばれる。

また、偏長回転楕円体座標については水素原子や水素分子モノカチオンを考える時に使うことがある。これはその古典力学アナログである問題について楕円軌道が出てくることに由来する。これらの座標系の特徴として回転楕円体の潰れ具合や伸び具合を指定するパラメータ(離心率に相当)が座標とは別に存在することが挙げられる。パラメータの自由度だけ無数に座標系を考えることができるのである。(円筒楕円座標系も同様であるが。)

円錐座標系

円錐座標は実は球座標系と同様に三次元回転対称性を持つ座標系である。すなわちこの座標系は動径 {r} を含む。したがって、円錐座標系を用いて Laplace 方程式を変数分離した際も球座標系同様に球面調和関数が出てくる。ただし、球面調和関数あるいは {S^2}Laplace-Beltrami 作用素の変数分離は球座標系とは異なる。球座標系では球面調和関数の変数分離によって超幾何微分方程式の一種である Legendre 陪微分方程式が出てくるが、円錐座標では Heun 微分方程式の一種である Lame 微分方程式が出てくる。この球面調和関数は特に spherical elliptic harmonics と呼ばれることがある。(球座標表示の場合は spherical polar harmonics)*8

ところで円錐座標系はとてもマイナーではあるが案外広い分野・時代で使われるが故に、非常な表記揺れが生じている。これについては円錐座標系に関する記事を書いた時に紹介したい。

共焦点楕円体座標系

共焦点楕円体座標系についても円錐座標系同様に、Laplace 方程式を変数分離した時に Lame 微分方程式が出てくる。特に調和関数はこの変数分離によって Lame 微分方程式の解である Lame 関数3つの積として書くことができる。この場合の調和関数は ellipsoidal harmonics と呼ばれる。*9

放物面座標系

この座標系については、Laplace 方程式を変数分離した場合に Mathieu 方程式に帰着する。

まとめと今後の展望

11種類の直交座標系について雑な紹介をした。円錐座標や共焦点楕円体座標系については近日中により詳しい記事を書く予定である。この記事は Lame 微分方程式Lame 関数に関する記事に繋がっていく予定である。
また数理物理的なモチヴェーションでもある、Helmholtz・Laplace 方程式の変数分離可能性、超可積分系に関する記事についても書いていきたい。

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