adhara’s blog

数理物理に関する記事を書きます。 https://twitter.com/adhara_mathphys

水素様原子のエネルギースペクトル解法(その9)〜 回転楕円体座標による変数分離解 〜

数回に分けて、水素様原子に対する(非相対論的)束縛状態エネルギースペクトル
 {\displaystyle
E_n = - \frac{1}{2n^2}\frac{m_e}{\hbar^2}\left(\frac{Ze^2}{4\pi\epsilon_0} \right)^2
}
を求めるための9通りの解法を紹介する予定である。

  1. E. Schrödingerによる波動方程式解法(ラゲール陪多項式を用いる)
  2. W. Pauliによるso(4)代数を用いる解法
  3. su(1,1)代数を用いた解法
  4. 因数分解を用いた解法
  5. V. Fockによる運動量表示を用いた解法
  6. E. Schrödinger、P. S. Epstein、I. Wallerらによる波動方程式解法(放物線座標表示の解)
  7. Kustaanheimo-Stiefel 変換を用いた解法
  8. 経路積分を用いる方法
  9. 回転楕円体座標による変数分離を用いる方法

今回紹介する方法は回転楕円体座標表示の解法である。
量子論における回転楕円座標の利用というものは実は古く、例えば前期量子論(Bohr-Sommerfeldの量子化条件)の範疇であるがPauli (1922)が水素分子カチオンに関する研究*1で用いている。
すなわちSchrödingerやHeisenbergによる量子力学の定式化よりも古い。
水素分子イオンの量子論は一般的には等核二中心問題と呼ぶことができる。
これらの問題についてはSchrödinger方程式を考えることでTeller(1930), Hylleraas(1931)によって答えが示された。
本手法を水素原子に適用した試みはPauliよりは時代が降り、Coulson and Joseph (1958)とのことである。
この段階では超幾何関数を用いて解を書き下すことができた。
その後も解の性質について近年でも研究が行われている。
例えば、Sung, S. M., & Herschbach, D. R. (1991)Kereselidze, T., Chkadua, G., Defrance, P., & Ogilvie, J. F. (2016)
などがある。
特に最近の研究Kereselidze, T., Chkadua, G., Defrance, P., & Ogilvie, J. F. (2016)
では、合流型Heun微分方程式を用いて書き下すことをしている。

回転楕円座標系を用いる意義はどこにあるだろうか。
そもそも回転楕円座標系というものは球座標と放物線の狭間にある座標系である。
回転楕円座標系は二つの焦点(一方は原点)を元に定義されるが、焦点間の距離を {R>0} として {R\rightarrow +0} の極限は球座標に相当し、{R\rightarrow\infty} の極限は放物線座標に相当するのである。
球座標表示は角運動量を保存する表示である。
したがって、角運動量ベクトルの働きが良く見える。
一方、放物線座標表示はLaplace-Runge-Lenzベクトルと角運動量ベクトルの軸方向を保存する表示である。
球座標表示はLRLベクトルの働きが見えにくい(古典力学では円軌道を通るときのLRLベクトルは大きさが0になる。)が放物線座標表示ではLRLベクトルの役割を見ることができる。
このことから、回転楕円体座標では球座標と放物線座標の両者の性質を残していると考えられる。

ノートの構成は次のようになっている。

  1. 問題設定
  2. 回転楕円体座標の導入
  3. ラプラシアンの回転楕円体座標表示
  4. Schrödinger方程式変数分離の実行
  5. 合流型 Heun の微分方程式
  6. エネルギーの縮重度

以下にノートを貼り付ける。

まとめと今後の展望

Schrödingerを回転楕円体座標による変数分離によって解く方法を紹介した。
本方法では変数分離の結果、擬動径座標と擬角度座標に関する微分方程式が得られる。
これら二つの方程式は同一の形をとり、合流型 Heun の微分方程式に帰着する。
この方程式を解くことでエネルギーや波動関数や縮重度を求めることができたのである。

今後は他の解法との関係性(変換)についてまとめておきたいと考えている。

リファレンス

関連記事

*1:1921年に同研究で博士号を受けている。これらの研究に関しては前期量子論の失速に繋がったとも言われる

【一般次元】クーロンポテンシャルと等方調和振動子ポテンシャルの関係性(その1)

以前の記事で、非相対論的水素原子のSchrödinger方程式をKustaanheimo-Stiefel(KS)変換によって四次元空間中の等方調和振動子のSchrödinger方程式に変換できることについて紹介した。

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この様な変換が一般次元において生じるかどうか、というのは興味深い問題である。
本記事では球座標を用いた変数分離解を眺めることにより、一般次元である種の対応関係が成立することを紹介する。

なお、今回紹介する関係性は古典力学においても同様のものが成立する。
その場合はHamilton-Jacobi方程式を考える。

はじめに

球座標を用いた変数分離解を眺めることにより、一般次元で対応関係が成立することを示す。

ノート

ノートの構成は

  1. イントロ
  2. 球座標変数分離を用いた解法
  3. 考察

となっている。
以下にノートを貼り付ける


まとめと今後の展望

一般次元においてクーロンポテンシャルと等方調和振動子ポテンシャルのSchrödinger方程式を結びつける関係性があることを示した。
KS変換あるいはその拡張であるHurwitz変換と今回の対応関係の違いについては、議論を深めたいと考えている。

超球面上の球面調和関数(その3)〜 帯球関数と再生核 〜

超球面上の球面調和関数に関する以前の記事、

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では、帯球関数やそれを表現するための特殊関数であるGegenbauer多項式を導入していた。

帯球関数の著しい性質として、再生核となることがある。
すなわち、同じ次数の球面調和関数を「再生」することができる。
再生核を集めたものもまた再生核と呼ばれる。
前者はk次の球面調和関数からなる既約部分空間の再生核、後者は無限次元ヒルベルト空間{L^2(S^{D-1},d\Omega)}の再生核である。
後者の再生核は{R^D}におけるLaplacianのグリーン関数でもある。

再生核を応用することで{D\ge2}次元の水素原子のシュレディンガー方程式の束縛状態のエネルギースペクトルを求めることができる。
これについては
ここを参照
のこと。

以下にノートをアップロードする。

まとめと今後の展望

本記事では帯球関数が再生核と呼ばれる性質を持つことを示した。
さらに{R^D}におけるLaplacianのグリーン関数との関連についても示した。
続きの記事では{SO(D)}のユニタリ既約表現論の観点から深掘りする予定である。

また別の機会にGegenbauer多項式についてのまとめも用意したい。

物理学におけるノンコンパクトリー群・リー代数の役割

こちらは物理 Advent Calendar 2017 21日目の記事である。
物理学の諸分野でノンコンパクトリー群・リー代数が顔を出すが、多くの分野の根底にある数理構造にも関わらずあまり着目されていないように思われる。これが本記事の執筆の動機である。

数学部分については『群上の調和解析』"Noncompact Lie Groups and Some of Their Applications"という本を参考にしている。
物理部分については文献は後々整理しようと考えている。

序論

に関する数学の分野が群論であるが、物理においては群論そのものよりも群の表現論による恩恵が大きいと考えられる。ここで、{ (\pi, V) } が群 { G } の表現であるとは、{\pi} が群 { G } から  {\mathbb{C} }線形空間  {V} における一般線形群 {GL(V) } への群準同型写像となっていることを言う。この時の線形空間  {V} は表現空間と呼ばれる。群の表現を考えることで線形代数の諸々の定理や手法を用いることができるので便利である。

量子力学では表現の中でもユニタリ表現を特に考えることが多い。ここでユニタリ表現とは群のすべての元について準同型写像の行き先がユニタリ作用素(ユニタリ変換)となるような表現を言う。特に有限群における表現はユニタリ表現となる。ユニタリ表現の中でも既約なユニタリ表現(Unitary Irreducible Representations, UIR)は基本的な表現である。既約表現とは部分表現が自明な表現しかない場合を指す。群が与えられ時に全ての既約ユニタリ表現を見つける、という問題は一般に難しい。ユニタリ同値という適当な同一視を設けた時の全てのユニタリ既約表現の集まりはユニタリ双対と呼ばれる。群 {G} のユニタリ双対は {\hat{G}} と書かれる。

物理で用いられる群は有限群とは限らない。例えば系や方程式が連続的な対称性を持つことを考える場合はリー群の表現論を考えることが多い。リー群はいろいろな種類があるがその分類の仕方として位相多様体としてコンパクトがどうかという観点での分類*1がある。コンパクトなリー群はコンパクトリー群と呼ばれ、そうではないリー群はノンコンパクトリー群と呼ばれる。コンパクトリー群の特徴としては群上の関数を考えた時に有限群と同様の表現論の定理(Schur直交性等、有限次元既約ユニタリ表現が存在すること)や群上の関数解析をする際に便利な表現論の定理(例えばPeter-Weylの定理)が成立する。

ところでリー群は位相多様体であるから位相空間としては局所コンパクトである。リー群が局所コンパクト群だということは、これは群上の関数の解析を行う際に重要である。すなわち、局所コンパクト群については群上の不変測度*2が存在し群上の関数について積分を行うことが可能になる。

ノンコンパクトリー群はコンパクトリー群と比較して扱いが難しいとは言え、局所コンパクトリー群であるために群上の関数解析が可能でありその表現論についても詳しく論じられてきた。例えば有用な知見の一つが、ノンコンパクトな単純リー群*3には有限次元既約ユニタリ表現が存在しないというものである。ノンコンパクトリー群のわかりやすい例は加法群 {\mathbb{R}} である。フーリエ変換の理論は可換ノンコンパクトリー群のユニタリ表現論であると考えることができる。ただし可換群の既約ユニタリ表現は必ず1次元である。非可換なノンコンパクトリー群のユニタリ表現論については物理側で始まったと考えられている。すなわち、1939年に Wigner が非可換ノンコンパクトリー群である Lorentz 群のユニタリ表現論を調べた。これに続く1947年の二つの研究が重要であり、Gelfand とNaimark による {SL(2,\mathbb{C})} (本義 Lorentz 群(Lorentz群の {e} を含む連結部分)の普遍被覆群)のユニタリ双対を求めた研究とBargmann による {SL(2,\mathbb{R})} のユニタリ双対を求めた研究である。この後、Gelfand-Naimark による複素半単純リー群のユニタリ表現論の研究、Harish-Chandra による半単純リー群の研究が1950年代くらいまでの大きな成果と考えられている。その後もノンコンパクトリー群・リー代数の研究は盛んであり、

といったものはその一環と考えることができる。

本記事で扱う物理学におけるノンコンパクトリー群は半単純リー群が中心であり、中でも本義 Lorentz 群 {SO^{+}(3,1)}{SL(2,\mathbb{C})}{SL(2,\mathbb{R})} に関わるものが多い。

特殊相対性理論と Lorentz 変換群

Lorentz 対称性

特殊相対性理論の舞台となる Minkowski 時空においては Lorentz 対称性がある。
Lorentz 対称性はローレンツ変換群によって記述される。
Lorentz 変換群は Minkowski 空間における距離である Minkowski 距離を不変に保つ変換からなる群であり、特殊相対性理論における基本原理である光速不変の法則を体現するものである。

以下の議論ではEinsteinの縮約が使われる。
テンソルの上付き添え字は反変成分に、下付き添え字は共変成分に対応する。
Minkowski 距離を定義する計量テンソル {\eta} を導入したが、これを行列として表示した場合に

{
\begin{eqnarray}
\eta 
&=& 
\begin{pmatrix}
{-}1 & 0 & 0 & 0 \\
0 & 1 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 1 & 0 \\
0 & 0 & 0 & 1
\end{pmatrix} \\
&=&
\mathrm{diag}(-1,1,1,1)
\end{eqnarray}
}

となるように定義している。時間成分は第0成分、空間成分は第1,2,3成分とする。

また反変ベクトルに対して、{x^2}{x^\mu x_\mu=\eta_{\mu\nu}x^\mu x^\nu} を表すものとする。

Minkowski 距離を保つ微小な線形座標変換

微小な線形座標変換

{
\begin{eqnarray}
dx'^\nu = \Lambda^\nu{}_\mu dx^\mu = (\delta^\nu{}_\mu+L^\nu{}_\mu )dx^\mu 
\end{eqnarray}
}

について考える。
微小座標変換が Minkowski 距離 {\eta_{\mu\nu}dx^\mu dx^\nu} を保つとは、

{
\begin{eqnarray}
\eta_{\mu\nu}dx^\mu dx^\nu 
= \eta_{\mu\nu}dx'^\mu dx'^\nu 
= \eta_{\mu\nu}\Lambda^\mu{}_\rho \Lambda^\nu{}_\sigma dx^\rho dx^\sigma
\end{eqnarray}
}

{O(L)} の範囲で成立することを言う。
このとき、右辺において {O(L^2)} となる項を無視すると、

{
\begin{eqnarray}
\eta_{\mu\nu}dx^\mu dx^\nu 
&=&
\eta_{\mu\nu}\Lambda^\mu{}_\rho \Lambda^\nu{}_\sigma dx^\rho dx^\sigma \\
&=&
(\eta_{\rho\sigma} + \eta_{\rho\nu}L^\nu{}_\sigma + \eta_{\mu\sigma}L^\mu{}_\rho ) dx^\rho dx^\sigma  
\end{eqnarray}
}

が成立する。
すなわち、

{
\begin{eqnarray}
&=&
(L_{\rho\sigma} + L_{\sigma\rho} )dx^\rho dx^\sigma = 0
\end{eqnarray}
}

が成立し、{L}が反対称テンソルであることすなわち、

{
L_{\rho\sigma} + L_{\sigma\rho} =0
}

を要請する。
ミンコフスキー距離を保つ微小な線形変換は、Minkowski 空間における狭義回転*4すなわち Lorentz 変換に対応する。

本義 Lorentz 変換とリー代数 {so(3,1)\simeq sl(2, \mathbb{C})}

狭義回転演算子{ L} としたとき、これに期待される役割は {O(L)} の範囲で反対称テンソル {L^\rho{}_\mu }を用いて

{
\begin{eqnarray}
e^{-\mathrm{i}L} x^\rho e^{\mathrm{i} L} =  (\delta^\rho{}_\mu + L^\rho{}_\mu) x^\mu
\end{eqnarray}
}

と書けること、すなわち反対称テンソル {L^\rho{}_\mu }を用いて

{
\begin{eqnarray}
[ L , x^\rho ]=  \mathrm{i}L^\rho{}_\mu x^\mu 
\end{eqnarray}
}

と書けることである。
このとき、 { L} は、

{
\begin{eqnarray}
 L &=& \mathrm{i} x^\mu L^\nu{}_\mu\frac{\partial}{\partial x^\nu} \\
&=&
\mathrm{i} x_\mu L^{\nu\mu}\frac{\partial}{\partial x^\nu}\\
&=&
{-}\mathrm{i} x_\mu L^{\mu\nu}\frac{\partial}{\partial x^\nu}
\end{eqnarray}
}

と書ける。
ここで、狭義回転演算子

{
\begin{eqnarray}
{M}_{\mu\nu} 
&=& 
{-} \mathrm{i}\eta_{\mu\alpha}x^\alpha\frac{\partial}{\partial x^\nu} 
{+} \mathrm{i}\eta_{\nu\alpha}x^\alpha\frac{\partial}{\partial x^\mu} \\
&=&
{-} \mathrm{i}x_\mu\frac{\partial}{\partial x^\nu} 
{+} \mathrm{i}x_\nu\frac{\partial}{\partial x^\mu} 
\end{eqnarray}
}

を導入すると、

{
\begin{eqnarray}
 L 
&=&
{-}\mathrm{i} x_\mu L^{\mu\nu}\frac{\partial}{\partial x^\nu}\\
&=&
\frac12 L^{\mu\nu}
\left(
{-}\mathrm{i} x_\mu\frac{\partial}{\partial x^\nu}
{+}\mathrm{i} x_\nu \frac{\partial}{\partial x^\mu}
\right)
\\
&=&
\frac12 L^{\mu\nu} M_{\mu\nu}
\end{eqnarray}
}

が成立する。

ここで、{M_{\mu\nu}}同士の交換関係をリーブラケットと解釈すると、これらの演算子リー代数 {so(3,1)\simeq sl(2, \mathbb{C})} をなすことがわかる。
すなわち、

{
\begin{eqnarray}
[ M_{\mu\nu}, M_{\rho\sigma} ]
=   \mathrm{i} \eta_{\mu\rho}M_{\nu\sigma} 
{-} \mathrm{i} \eta_{\nu\rho}M_{\mu\sigma}
{-} \mathrm{i} \eta_{\mu\sigma}M_{\nu\rho}
{+} \mathrm{i} \eta_{\nu\sigma}M_{\mu\rho}
\end{eqnarray}
}

が成立する。
また、{M_{\mu\nu}} \ \ (\mu<\nu)は基底をなし、リー代数の次元は6であることもわかる。


Dirac 場と群 Spin(3,1)=SL(2,C)

特殊相対性理論と関わりの深い、Maxwell 方程式(電磁場)や Klein-Gordon 方程式(Klein-Gordon 場)や Dirac 方程式(Dirac 場)はいずれも Lotentz 対称性を持つ。その中で Dirac 場の対称性について述べる。

Dirac 場は,Lorentz 群のスピン表現の場として特徴付けられる。Dirac 場の対称性については色々な理解があるが、(3,1)実 Clifford 代数*5から本義 Lorentz 群 {SO^{+}(3,1)} の二重被覆群である {Spin(3,1)=SL(2,C)} を構成するやり方がある。一般に {d} 次元のスピン群は {2^{ [d/2]}} 次元({ [] }ガウス記号)のスピノールに作用し、これをスピン表現という。

宇宙論

前節で出てきた Lorentz 群・対称性は平坦な時空を記述する。一方で、宇宙論では様々な時空モデルが存在する。静的ではない宇宙のモデルとして、反 de Sitter 空間や de Sitter 空間というものがある。例えば、{d+1} 次元 de Sitter 空間{(d+1)+1} 次元 Minkowski 空間に埋め込まれた Lorentz 多様体である。もう一つ有名なものとして、{d+1} 次元反 de Sitter 空間というものがあり、{d+2} 次元 Lorentz 空間(時間に当たる軸が二軸ある)に埋め込まれた Lorentz 多様体である。両空間とも {d+1} 次元と呼称されるが、それは両空間について計量の接空間への制限の符号が(d,1)となっていることに由来する。

共形変換群と共形対称性を持つ物理

今まで考えてきた座標変換は回転変換であった。しかしながら、物理では他の座標変換がしばしば重要となる。

まず、{p+q} 次元 Lorentz 空間(空間的軸が {p} 個、時間的軸が {q} 個)を考えると、この時空の回転対称性は {SO(p,q)} である。これに並進対称性を加えると {ISO(p,q)} という群になる。{p=3,q=0} の時は特に3次元 Euclid 群と呼ばれるものであり、{p=3,q=1} の時は Poincare 群と呼ばれるものである。これにスケール変換対称性と反転対称性を加えると、SO(p+1,q+1)の共形変換対称性が生じる。Minkowski 空間({p=3,q=1})における共形変換群の構成やスケール変換対称性や反転対称性については

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に書いた。一般の {p+q} 時空における共形変換群 { SO(p+1,q+1)} の構成方法については Minkowski 空間における構成方法を単純に拡張したものである。

Maxwell 方程式は実は Lorentz 対称性や Poincare 対称性だけではなく、共形対称性を持つ。

共形対称性を持つ理論としては Maxwell 方程式の他に1+1次元共形場理論をはじめとした共形場理論 が有名である。1+1次元共形場理論についてはその対称性を {SO(2,2)  } から正則関数の等角写像の変換群(無限次元リー群)というより大きな群で記述されるものに拡張することができる。この変換群に対応するリー代数Virasoro代数である。1+1次元共形場理論は2次元イジング模型をはじめとする2次元の統計力学模型の臨界点における物理を解析する際に強力な道具となる。さらに超対称性を持たせた共形場理論は超共形場理論と呼ばれるが、超弦理論への応用が考えられている。

ところで {(n+1)+1} 次元古典重力理論と {n+1} 次元量子ゲージ理論の対応関係が存在し、AdS-CFT対応と呼ばれる。
最初に考えられた有名な対応関係は { AdS_5 \times S^5 } という時空({AdS_5} はAdS時空で {S^5} は5次元球面であり、{9+1} 次元時空である。これは {SO(4,2)\times SO(6)} の対称性を持つ。)上の超重力理論(の古典論)と超共形場理論の一つである4次元(時空{ AdS_5 \times S^5 } の境界に相当する。{4} 次元と言っているが、時空としては {3+1} 次元である。 ) {N=4} 超対称 Yang-Mills 理論(量子論)の対応関係である。この最初の例から AdS-CFT 対応と呼ばれていると考えられるが、実のところ必ずしも古典側は AdS に、量子側は CFT には限らない。

Hamilton 形式の解析力学とシンプレクティック群

Hamilton 形式の解析力学は実空間(あるいは配位空間)上の軌跡として捉えてきた Newton 以来の古典力学や Lagrane 形式の解析力学と異なり、相空間上の運動として捉える体系である。{n} 自由度の配位空間に対して、相空間は {2n} 次元となる。この相空間はシンプレクティック対称性を有する、すなわち {Sp(2n,\mathbb{R})} という群(シンプレクティック群)の作用に対してシンプレクティック形式という二次形式が不変となる。そもそも解析力学で考える相空間(Phase Space!)の実態はユークリッド空間(一般には実多様体)の余接束であり、シンプレクティック形式を自然に定義できてシンプレクティック空間(一般にはシンプレクティック多様体)となっている。シンプレクティック空間 { R^{2n}} に対してその元は{ ( p, q) } とかけるが、シンプレクティック形式は

{ \begin{eqnarray}
S( (p,q),(p',q')) = p\cdot q' - q\cdot p'
\end{eqnarray}
}

で定義される非退化反対称二次形式である。

このシンプレクティック群は非可換ノンコンパクトリー群のひとつであり、特にその中で最も小さい {Sp(2,\mathbb{R})} は [tex;{SL(2,\mathbb{R})}] と群同型の関係にある。

量子力学と Heisenberg 代数とシンプレクティック代数

シンプレクティック空間におけるHeisenberg 代数の構成

Heisenberg 代数はシンプレクティック空間上のテンソル代数を次の関係式から定まるイデアルで割ったものである。

{ 
\begin{eqnarray}
[v,w ]= v\otimes w- w\otimes v = -\mathrm{i} S( v,w ) \ \ ( v,w \in R^{2n} )
\end{eqnarray}
}

を満たすように定義される。この定義により、

{ 
\begin{eqnarray}
[q_i,p_j ]=  \mathrm{i} \delta_{ij}
\end{eqnarray}
}

となるが、これはまさしく正準量子化に相当する操作である。内積空間上のテンソル代数を内積を用いた関係式から定まるイデアルで割ることにより構成されるClifford 代数に通じる。実は Heisenberg 代数はリー代数となり、Heisenberg 代数がなすリー群は Heisenberg 群と呼ばれる。

Heisenberg 代数からシンプレクティック群・シンプレクティック代数の構成

Clifford 代数から特殊直交群の二重被覆群であるところのスピン群を構成することと同様の方法により、Heisenberg 代数からシンプレクティック群・シンプレクティック代数を構成することができる。

2次元シンプレクティック空間において Heisenberg 代数を構成する。すなわち、{q,p}

{
\begin{eqnarray}
[ q, p ] = \mathrm{i}
\end{eqnarray}
}

を満たす演算子とする。
ここで、

{
\begin{eqnarray}
N_0 &=& \frac{\mathrm{i}}{4} (qp+pq)  \\
N_+ &=& \frac{\mathrm{i}}{2} q^2\\
N_- &=& \frac{\mathrm{i}}{2} p^2
\end{eqnarray}
}

という演算子を考えると、

{
\begin{eqnarray}
[ N_0 , N_{\pm} ] &=& \pm  N_{\pm} \\
[ N_+ , N_- ]         &=& - 2 N_0
\end{eqnarray}
}

が成立する。

{
\begin{eqnarray}
N_1\pm \mathrm{i}N_2 = N_\pm
\end{eqnarray}
}

とすると、 {N_0,N_1,N_2} の間には

{
\begin{eqnarray}
\left[ N_1, N_2 \right] &=& -\mathrm{i}N_0 \\
\left[ N_0, N_1 \right] &=& \mathrm{i}N_2  \\
\left[ N_2, N_0 \right] &=& \mathrm{I}N_1 
\end{eqnarray}
}

という交換関係が成立している。この交換関係(あるいは構造定数)により定まるリー代数は、 {sl(2,\mathbb{R}) \ ( \simeq sp(2,\mathbb{R}) \simeq  su(1,1) \simeq so(3,1) ) } *6である。特にこのリー代数は実シンプレクティックリー代数 {sp(2,\mathbb{R})} と解釈することができる。このリー代数から生成されるリー群は実シンプレクティック群 {Sp(2,\mathbb{R})} *7 であり、元のシンプレクティック空間におけるシンプレクティック形式を保存する群に他ならない。

非相対論的水素原子とスペクトル生成代数 {sl(2,\mathbb{R})}

非相対論的水素原子の Schrödinger 方程式の書き換え

非相対論的水素原子の Schrödinger 方程式は

{
\begin{eqnarray}
\left[-\frac{\hbar^2\nabla^2}{2m_e} - \frac{\kappa}{r} \right] \Psi(\boldsymbol r) 
= E \Psi(\boldsymbol r) \ \ \ (E<0)
\end{eqnarray}
}

で与えられる。これを少し変形すると、

{
\begin{eqnarray}
\left[ 
\frac{d^2}{dr^2} + \frac{2}{r}\frac{d}{dr}-\frac{\boldsymbol L^2}{\hbar^2 r^2}
{+} \frac{2\kappa}{r}\frac{m_e}{\hbar^2} + 2E\frac{m_e}{\hbar^2}
\right]\Psi(\boldsymbol r)= 0 
\end{eqnarray}
}

となる。さらに球極座標による変数分離

{
\begin{eqnarray}
\Psi(\boldsymbol r)
=
Y_{lm}(\theta,\phi)R_l(r)
\end{eqnarray}
}

を行うと、

{
\begin{eqnarray}
\left[ 
r\frac{d^2}{dr^2} + 2\frac{d}{dr}-\frac{l(l+1)}{ r}
{+} 2\kappa \frac{m_e}{\hbar^2} + 2E\frac{m_e}{\hbar^2}r
\right]R_l( r) = 0 
\end{eqnarray}
}

のように動径方向の方程式ができる。

さらに

{
\begin{eqnarray}
\beta^2 = -\frac{\kappa^2}{2E}\frac{m_e}{\hbar^2}  \ \   (>0)
\end{eqnarray}
}

{
\begin{eqnarray}
\alpha^2= -2E\frac{m_e}{\hbar^2} = \left(\frac{m_e\kappa}{\beta\hbar^2}\right)^2
\end{eqnarray}
}

として、変数変換

{
\begin{eqnarray}
t=\alpha r
\end{eqnarray}
}

{
\begin{eqnarray}
\psi_l(t)=t^{\frac12}R_l(t/\alpha)
\end{eqnarray}
}

を導入すると、動径方向 Schrödinger 方程式は

{
\begin{eqnarray}
\frac12 \left[
{-} t\frac{d^2}{dt^2} - \frac{d}{dt} + \frac{\left(l+\frac12\right)^2}{t} + t
\right]\psi_l(t)
=  
\beta \psi_l(t)  
\end{eqnarray}
}

となる。

スペクトル生成代数 sl(2,R) の存在

次の演算子を導入する。

{
\begin{eqnarray}
N_0 = 
\frac12 \left[
{-} t\frac{d^2}{dt^2} - \frac{d}{dt} + \frac{\left(l+\frac12\right)^2}{t} + t
\right]
\end{eqnarray}
}

{
\begin{eqnarray}
N_{\pm} = 
\frac12 \left[
{-} t\frac{d^2}{dt^2} - \frac{d}{dt} + \frac{\left(l+\frac12\right)^2}{t} - t 
\pm 2t\frac{d}{dt} \pm 1
\right]
\end{eqnarray}
}

{
\begin{eqnarray}
N_1\pm \mathrm{i}N_2 = N_\pm
\end{eqnarray}
}

ここで {N_0,N_1,N_2} の間には

{
\begin{eqnarray}
\left[ N_1, N_2 \right] 
= -\mathrm{i}N_0 
, \left[ N_0, N_1 \right] 
=\mathrm{i}N_2 
, \left[ N_2, N_0 \right] 
= \mathrm{i}N_1
\end{eqnarray}
}

という交換関係が成立している。すなわち、 {N_0,N_1,N_2}{sl(2,\mathbb{R})} を構成する。*8これらの演算子を用いると、動径方向 Schrödinger 方程式は

{
\begin{eqnarray}
N_0 \psi_l(t)=\beta\psi_l(t)
\end{eqnarray}
}

と書ける。

階数1の半単純リー代数である {sl(2,\mathbb{R})} には Casimir 演算子が一つ存在する。

{
\begin{eqnarray}
C_{\mathrm{sl}(2,\mathbb R)} =\nonumber
N_0^2 -\frac{1}{2}\left( N_+ N_- + N_- N_+\right) 
\end{eqnarray}
}

カシミール演算子 {C_{\mathrm{sl}(2,\mathbb R)}} は、 {N_0,N_1,N_2} のいずれとも可換である。
Bargmann はこのリー代数の無限次元離散スペクトルを発見している。*9
すなわち、Casimir 演算子 {C_{\mathrm{sl}(2,\mathbb R)}} と コンパクト生成元 {N_0} の同時固有状態によって無限次元離散スペクトルを与えるユニタリ既約表現を表すことができる。

{
\begin{eqnarray}
C_{\mathrm{sl}(2,\mathbb R)} |k,m'\rangle= k(k-1)|k,m'\rangle \ \ \ 2k \in \mathbb{Z}_{>0}
\end{eqnarray}
}

{
\begin{eqnarray}
N_0 |k,m'\rangle= (k+m')|k,m'\rangle \ \ \ m' \in \mathbb{Z}_{\ge 0}
\end{eqnarray}
}

{k} を同じくする状態は同じユニタリ既約表現に属する。
同じユニタリ既約表現に属する状態は上昇演算子によって、{m'=0} のものから無限に作り出すことができる。

{
\begin{eqnarray}
{|}k,m'\rangle = \sqrt{\frac{\Gamma(2k)}{m'!\Gamma(2k+m')}}\left( N_+ \right)^{m'} |k,0\rangle
\end{eqnarray}
}

{m'} が大きい状態はエネルギーが高い状況を表すので、上昇演算子の働きはエネルギーの高い状態を作り出すことである。同様に下降演算子の働きはエネルギーの低い状態を作り出すことである。これらの演算子の働きに着目して {sl(2,\mathbb{R})} は水素原子のスペクトル生成代数と呼ばれる。

今回の問題の場合、実は

{
\begin{eqnarray}
C_{\mathrm{sl}(2,\mathbb R)} = l(l+1)
\end{eqnarray}
}

である。したがって、{\beta} は特に {l+1} 以上の整数となり、動径方向 Schrödinger 方程式の固有状態は

{
\begin{eqnarray}
\psi_{N,l}(t) = |l+1,N-l-1\rangle
\end{eqnarray}
}

{
\begin{eqnarray}
N_0 \psi_{N,l}(t) = N \psi_{N,l}(t)
\end{eqnarray}
}

{
\begin{eqnarray}
C_{\mathrm{sl}(2,\mathbb R)}   \psi_{N,l}(t) = l(l+1) \psi_{N,l}(t)
\end{eqnarray}
}

と書くことができる。
リー代数 {sl(2,\mathbb{R})} によって、固有状態は簡潔に整理することができる。
その様子を図示する。

f:id:ito-yuto:20171221204718p:plain

同じ角運動量を持つ状態は同じユニタリ既約表現に属し、{N_{\pm}} によって結び付けられていることがわかる。

量子力学古典力学における力学的対称群と力学的群

追加予定

光学とシンプレクティック群

追加予定

量子情報と SL(2,R)

追加予定

量子重力理論と SL(2,C)

追加予定

まとめと今後の展望

本記事では物理の諸分野に出てくるノンコンパクトリー群・リー代数の役割について書いた。各分野に共通の代数構造があることがわかる。物理を統一的に見るといったときにこれらの代数構造の存在は指針の一つになるかもしれない。これらの代数構造に着目した物理の講義というのがあっても良いかもしれない。

一方で、必ずしもその共通性の意味合いについては理解しきれていない(少なくとも私は理解しきれていない)と考えられる。物理の今後の発展に際し、これらの代数構造を意識しながら関わっていければと考えている。


##### リファレンス

*1:他には⑴実か複素か、⑵連結か非連結か、⑶単連結かどうか、⑷可換かどうか、⑸単純か半単純か可解か冪ゼロか、⑹単純リー群について古典型か例外型か、等の分類がある。

*2:不変 Haar 測度。ただし一般には左作用と右作用に対応して左不変 Haar 測度と右不変 Haar 測度がありこれらは異なっても良い。ユニモジュラー群と呼ばれるクラスの局所コンパクト群では両者が一致する。ユニモジュラー群としてはコンパクト群・可換群・離散群半単純リー群・連結冪ゼロ群がある。

*3:単純リー群は連結非可換リー群であって非自明な連結正規部分群を持たないもの

*4:対応する回転行列のdeterminant が 1 になるもの

*5:計量の符号が(-+++)であることを示す。

*6:順に実特殊直交リー代数、実シンプレクティックリー代数、特殊ユニタリリー代数(非正定値計量)、不定特殊直交リー代数(非正定値計量)を表している

*7:実際はリー代数の交換関係だけでは生成されるリー群は定まらないので、慎重な検討が必要である。

*8:{N_0} が生成する1パラメータ部分群がコンパクトであるのに対して、{N_1,N_2} それぞれが生成する1パラメータ部分群はノンコンパクトとなる。

*9:他のタイプの既約ユニタリ表現もある。

非相対論的水素原子における力学的対称代数

こちらは物理 Advent Calendar 2017 3日目の記事である。

前二日の記事を見てみると、物理各分野の俯瞰を試みた1日目のましろさんの記事、非相対論・相対論量子力学の基礎方程式を比較解説した2日目のれおなちさんの記事、はいずれも教育的な記事で素晴らしいものである。

その流れに逆らって申し訳ないが、先のお二方と異なり自分の興味が前面に出た記事を書こうと思う。 すなわち、このブログで扱われることの多い非相対論的水素原子の数理*1から題材を選ぶことにする。

問題設定

非相対論的水素原子のハミルトニアン

\begin{align*} H = -\frac{{\hbar}^2 {\nabla}^2}{2m_e} - \frac{\kappa}{r} \end{align*}

を考える。 このハミルトニアンの力学的対称性(dynamical symmetry)を記述する有限次元のリー代数を構築する。 ここで力学的対称性とはハミルトニアン固有値問題における縮退を説明することができる対称性を指す。 水素原子のように高度な縮退を持つ場合は力学的対称性はハミルトニアンの空間的な対称性を超えたものとなる。 この有限次元リー代数を力学的対称代数(dynamical symmetric algebra)と称する。 力学的対称代数を考える恩恵としては元素周期表の構造の由来がわかる、というものがある。 周期表の構造は水素様原子における軌道の縮退を反映したものである。 多電子効果によって軌道の縮退は解けるものの縮退の名残が残っており、混成軌道の概念や希ガスの安定性やオクテット則として化学分野に顔を出してくるのである。

さて、力学的対称代数はハミルトニアンと可換な演算子から構築される。 次節では可換な演算子たちについて記述する。

ハミルトニアンと可換な演算子たち

まず、水素原子の球対称性に対応して角運動量ベクトル

\begin{align*} L_k = \epsilon_{ijk} x_i p_j \end{align*}

ハミルトニアンと可換であることが容易にわかる。

これを考える上で鍵となるのは、Laplace-Runge-Lenz(LRL)ベクトル

\begin{eqnarray*} {\boldsymbol M} = \frac{1}{2m_e}(\boldsymbol p\times \boldsymbol L - \boldsymbol L\times \boldsymbol p) - \frac{\kappa}{r}\boldsymbol r \end{eqnarray*}

である。 LRLベクトルも角運動量ベクトル同様にハミルトニアンと可換となることが知られている。 ここでLRLベクトルは

\begin{eqnarray*} {\boldsymbol M}= \frac{1}{2} \left\{ \frac1{2m_e} \left( \boldsymbol x {p}^2 - 2(\boldsymbol x\cdot \boldsymbol p) \boldsymbol p \right) + x H \right\} + \mathrm{h.c.} \end{eqnarray*}

のように変形することができることを指摘しておく。 ただし h.c. はエルミート共役を表す。

角運動量ベクトルやLRLベクトルがハミルトニアンと可換となることの詳細な計算は

adhara.hatenadiary.jp

に書かれている。

リー代数において重要な構成要件は代数元の間のブラケット演算(あるいは交換関係)である。 次節で交換関係について記す。

角運動量ベクトルやLRLベクトルに対する交換関係

まず、角運動量ベクトルの成分である \( L_x,\ L_y,\ L_z\ \) は \( \mathfrak{so}(3) \)代数をなす。 すなわち、

\begin{align*} [L_i,L_j]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

が成立する。 さらに次のような交換関係

\begin{align*} [L_i,M_j]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}M_k \end{align*}

\begin{align*} [M_i,M_j]=-2\mathrm{i}\hbar \frac{H}{m_e}\epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

が計算される。 これらの交換関係の詳細な計算については

adhara.hatenadiary.jp

に書かれている。

この時点ではLRLベクトルの成分同士の交換関係の右辺に出てくる \( H \) のせいで有限次元のリー代数を構成することができない。一般にはアフィンKac-Moodyリー代数となる。扱いやすい有限次元のリー代数を構成するためには一手間必要である。

力学的対称代数の準備

有限次元リー代数を構築するために必要な操作は表現空間の制限である。 すなわち、演算子が作用する表現空間をハミルトニアン固有値が \( E \) となるような状態からなる部分ヒルベルト空間に制限する。 すると、LRLベクトルの成分同士の交換関係はこの空間においては

\begin{align*} [M_i,M_j]=-2\mathrm{i}\hbar \frac{E}{m_e}\epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

となる。 これにより、6つの演算子 \( L_x,\ L_y,\ L_z,\ M_x,\ M_y,\ M_z \) で閉じた有限次元リー代数を構成することができる。

力学的対称代数の構築

前節まででリー代数はほぼ構築できたと言える。 しかしながらこのリー代数の正体はまだ不明である。 実のところ固有値 \( E \) の符号によって異なるリー代数リー代数同型の意味で)となるので、場合分けして調べる必要がある。

(1) \( E < 0 \) の時

これは束縛状態を考えることに相当する。 この時

\begin{eqnarray*} \boldsymbol{\tilde M} = \sqrt{\frac{m_e}{2|E|}} \boldsymbol M \end{eqnarray*}

とおくと、交換関係は

\begin{align*} [L_i,L_j]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

\begin{align*} [L_i,\tilde M_j]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}\tilde M_k \end{align*}

\begin{align*} [\tilde M_i,\tilde M_j]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

の様に集約できる。これは四次元ユークリッド空間における(狭義)回転群 \( SO(4) \) に対応するリー代数 \( \mathfrak{so}(4) \) である。

(2) \( E = 0 \) の時

これは古典的には放物線軌道に相当する状態であり非束縛状態である。 この時の交換関係は

\begin{align*} [L_i,L_j]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

\begin{align*} [L_i,M_j]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}M_k \end{align*}

\begin{align*} [M_i,M_j]=0 \end{align*}

の様に集約される。これは3次元ユークリッド空間の連続対称群 \( ISO(3,1) \) *2 に対応するリー代数 \( \mathfrak{iso}(3,1) \) である。

(3) \( E > 0 \) の時

これは散乱状態を考えることに相当する。 この時

\begin{eqnarray*} \boldsymbol{\tilde M} = \sqrt{\frac{m_e}{2|E|}} \boldsymbol M \end{eqnarray*}

とおくと、交換関係は

\begin{align*} [L_i,L_j]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

\begin{align*} [L_i,\tilde M_j]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}\tilde M_k \end{align*}

\begin{align*} [\tilde M_i,\tilde M_j]=-\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

の様に集約できる。これは3+1ミンコフスキー空間における(狭義)回転群 \( {SO}^{+}(3,1) \) に対応するリー代数 \( \mathfrak{so}(3,1) \) である。

もう一つのLRLベクトルと力学的対称代数の構築方法

実のところ(量子力学版の)LRLベクトルと呼ばれるものにはもう一つある。 すなわち、

\begin{eqnarray*} {\boldsymbol M}(E)= \frac{1}{2} \left\{ \frac1{2m_e} \left( \boldsymbol x {p}^2 - 2(\boldsymbol x\cdot \boldsymbol p) \boldsymbol p \right) + x E \right\} + \mathrm{h.c.} \end{eqnarray*}

によって定義されるベクトルもLRLベクトルと呼ばれる。 ここで、 \( E \) はある実数であり特にハミルトニアン固有値である必要は特にはない。このLRLベクトルは水素原子のスペクトルを Fock の方法で計算するときに出てくるものであり、Bargmann が導出した。これについては以前の記事に詳しい。

adhara.hatenadiary.jp

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このLRLベクトルが関わる交換関係は

\begin{align*} [L_i,M_j(E) ]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}M_k(E) \end{align*}

\begin{align*} [M_i(E),M_j(E)]=-2\mathrm{i}\hbar \frac{E}{m_e}\epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

となる。 このことから \( L_x,\ L_y,\ L_z,\ M_x(E),\ M_y(E),\ M_z(E) \) も有限次元リー代数をなすことがわかる。

先の節までのLRLベクトルと同様に \( E )) の符号によって異なるリー代数リー代数同型の意味で)となるので、場合分けして調べる必要がある。

(1) \( E < 0 \) の時

この時

\begin{eqnarray*} \boldsymbol{ M}_{<}(E) = \sqrt{\frac{m_e}{2|E|}} \boldsymbol M (E) \end{eqnarray*}

とおくと、交換関係は

\begin{align*} [L_i,L_j]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

\begin{align*} [L_i,{M} _ {<,j}(E) ]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}{M} _ {<,k}(E) \end{align*}

\begin{align*} [{M} _ {<,i}(E), {M} _ {<,j}(E) ]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

の様に集約できる。これは四次元ユークリッド空間における(狭義)回転群 \( SO(4) \) に対応するリー代数 \( \mathfrak{so}(4) \) である。

(2) \( E = 0 \) の時

これは古典的には放物線軌道に相当する状態であり非束縛状態である。 この時の交換関係は

\begin{align*} [L_i,L_j]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

\begin{align*} [L_i,M_j(0) ]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}M_k(0) \end{align*}

\begin{align*} [M_i(0),M_j(0)]=0 \end{align*}

の様に集約される。これは3次元ユークリッド空間の連続対称群 \( ISO(3,1) \) に対応するリー代数 \( \mathfrak{iso}(3,1) \) である。

(3) \( E > 0 \) の時

これは散乱状態を考えることに相当する。 この時

\begin{eqnarray*} \boldsymbol{ M}_{>}(E) = \sqrt{\frac{m_e}{2|E|}} \boldsymbol M (E) \end{eqnarray*}

とおくと、交換関係は

\begin{align*} [L_i,L_j]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

\begin{align*} [L_i,{M} _ {>,j}(E) ]=\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}{M} _ {>,k}(E) \end{align*}

\begin{align*} [{M} _ {>,i}(E), {M} _ {>,j}(E) ]=-\mathrm{i}\hbar \epsilon_{ijk}L_k \end{align*}

の様に集約できる。これは3+1ミンコフスキー空間における(狭義)回転群 \( {SO}^{+}(3,1) \) に対応するリー代数 \( \mathfrak{so}(3,1) \) である。

まとめと今後の展望

本記事では二種類の方法により非相対論的水素原子における力学的対称代数を構築した。いずれの方法についても三種類の異なるリー代数リー代数同型の点で)が構築される。 これらのリー代数の(ユニタリ)表現論を用いることにより、水素原子においてエネルギー縮退している状態たちの間を代数的に結びつけることが可能である。

今後の展望として、本記事で構築された力学的対称代数の拡張について記す。 一つ目の方法によって導出された3種類の力学的対称代数のそれぞれは、異なるエネルギー状態を結びつける代数構造を含ませる様に拡張される。これによって構成される三種類のリー代数はいずれの場合もリー代数 \( \mathfrak{so}(4,2) \) である。 二つ目の方法によって導出された3種類の力学的対称代数についてはこれらを部分代数に含む大きなリー代数 \( \mathfrak{so}(4,1) \) を構成することができる。 これに異なるエネルギー状態を結びつける代数構造を含ませることでやはり \( \mathfrak{so}(4,2) \) を構成することができる。 これらの拡張による恩恵は、エネルギーの符号が同じであるすべての状態を既約表現に含むリー代数を考えることができることである。 すなわち、すべての状態間を代数操作によって関係付けることが可能になる。

*1:これに関しては以前レビュ記事を書いている。adhara.hatenadiary.jp

*2:ユークリッド空間の連続対称性は回転対称性と並進対称性である。

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