水素様原子のエネルギースペクトル解法(その9)〜 回転楕円体座標による変数分離解 〜

数回に分けて、水素様原子に対する(非相対論的)束縛状態エネルギースペクトル
 {\displaystyle
E_n = - \frac{1}{2n^2}\frac{m_e}{\hbar^2}\left(\frac{Ze^2}{4\pi\epsilon_0} \right)^2
}
を求めるための9通りの解法を紹介する予定である。

  1. E. Schrödingerによる波動方程式解法(ラゲール陪多項式を用いる)
  2. W. Pauliによるso(4)代数を用いる解法
  3. su(1,1)代数を用いた解法
  4. 因数分解を用いた解法
  5. V. Fockによる運動量表示を用いた解法
  6. E. Schrödinger、P. S. Epstein、I. Wallerらによる波動方程式解法(放物線座標表示の解)
  7. Kustaanheimo-Stiefel 変換を用いた解法
  8. 経路積分を用いる方法
  9. 回転楕円体座標による変数分離を用いる方法

今回紹介する方法は回転楕円体座標表示の解法である。
量子論における回転楕円座標の利用というものは実は古く、例えば前期量子論(Bohr-Sommerfeldの量子化条件)の範疇であるがPauli (1922)が水素分子カチオンに関する研究*1で用いている。
すなわちSchrödingerやHeisenbergによる量子力学の定式化よりも古い。
水素分子イオンの量子論は一般的には等核二中心問題と呼ぶことができる。
これらの問題についてはSchrödinger方程式を考えることでTeller(1930), Hylleraas(1931)によって答えが示された。
本手法を水素原子に適用した試みはPauliよりは時代が降り、Coulson and Joseph (1958)とのことである。
この段階では超幾何関数を用いて解を書き下すことができた。
その後も解の性質について近年でも研究が行われている。
例えば、Sung, S. M., & Herschbach, D. R. (1991)Kereselidze, T., Chkadua, G., Defrance, P., & Ogilvie, J. F. (2016)
などがある。
特に最近の研究Kereselidze, T., Chkadua, G., Defrance, P., & Ogilvie, J. F. (2016)
では、合流型Heun微分方程式を用いて書き下すことをしている。

回転楕円座標系を用いる意義はどこにあるだろうか。
そもそも回転楕円座標系というものは球座標と放物線の狭間にある座標系である。
回転楕円座標系は二つの焦点(一方は原点)を元に定義されるが、焦点間の距離を {R>0} として {R\rightarrow +0} の極限は球座標に相当し、{R\rightarrow\infty} の極限は放物線座標に相当するのである。
球座標表示は角運動量を保存する表示である。
したがって、角運動量ベクトルの働きが良く見える。
一方、放物線座標表示はLaplace-Runge-Lenzベクトルと角運動量ベクトルの軸方向を保存する表示である。
球座標表示はLRLベクトルの働きが見えにくい(古典力学では円軌道を通るときのLRLベクトルは大きさが0になる。)が放物線座標表示ではLRLベクトルの役割を見ることができる。
このことから、回転楕円体座標では球座標と放物線座標の両者の性質を残していると考えられる。

ノートの構成は次のようになっている。

  1. 問題設定
  2. 回転楕円体座標の導入
  3. ラプラシアンの回転楕円体座標表示
  4. Schrödinger方程式変数分離の実行
  5. 合流型 Heun の微分方程式
  6. エネルギーの縮重度

以下にノートを貼り付ける。
回転楕円体座標変数分離解.pdf - Google ドライブ

まとめと今後の展望

Schrödingerを回転楕円体座標による変数分離によって解く方法を紹介した。
本方法では変数分離の結果、擬動径座標と擬角度座標に関する微分方程式が得られる。
これら二つの方程式は同一の形をとり、合流型 Heun の微分方程式に帰着する。
この方程式を解くことでエネルギーや波動関数や縮重度を求めることができたのである。

今後は他の解法との関係性(変換)についてまとめておきたいと考えている。

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*1:1921年に同研究で博士号を受けている。これらの研究に関しては前期量子論の失速に繋がったとも言われる

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