ケプラー問題と力学的対称性(その4)~ 特別な正準座標系で眺めると 〜

いくつかの記事を使って古典力学における力学的対称性について論じるつもりである。

第三弾の記事までで、ケプラー問題における束縛状態について、運動の第一積分たちをもちいることで{\textstyle so(4)}代数を構成できることを見てきた。

本記事は、ケプラー問題の束縛状態における位相空間中の特異な挙動を特別な正準座標系から眺めることで考察する。
この記事における議論は、力学的対称性に関する教育的な論文である O’Connell, Ross Cらの論文 がベースとなっている。
本議論の特徴は、1)二次元ケプラー問題を考えていることと、2)ケプラー問題を眺めるのに適した正準変換を導入していること、の二点である。

本記事の構成は、

  1. はじめに
  2. ケプラー問題の二次元化
  3. 二次元版ケプラー問題の第一積分
  4. 特別な正準座標系で見ると

となっている。
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まとめと今後の展望

今回導入した正準座標系で位相空間中の運動を眺めると、運動の軌跡はQ軸に沿った直線となり保存量に相当する方向であるH,L,αの各軸とは直交することが分かる。
しかもdQ/dt=1であることから、Qの変化量は時間の変化量そのものであり、等速直線運動に見えるはずである。

今回導入したような性質をもつ正準座標系を取ることは一般には不可能である。
そもそも第一積分が十分な数(正準変数の数引く1)だけ存在しなければ取りようが無いからである。
このような系は極大超可積分系(Maximally superintegrable systems)と呼ばれる。
ケプラー問題はその一例であり、今回示した位相空間の見方すなわち特別な正準変換の存在は極大超可積分系の性質の一つである。
今回の記事は極大超可積分系を議論するにあたり基礎となるであろう。

次の記事ではケプラー問題の束縛状態が閉軌道であることに関して焦点を当てる予定である。

ケプラー問題と力学的対称性(その3)~ 束縛状態のso(4)リー代数 〜

いくつかの記事を使って古典力学における力学的対称性について論じるつもりである。

ケプラー問題における力学的対称性に関する記事の第三弾である本記事では、ケプラー問題の束縛状態に付随するリー代数について論じる。
前に、量子力学版LRLベクトルの記事Pauliの解法で示したように水素原子の縮退した束縛状態は、{\textstyle so(4) }代数の既約表現として理解できる。
実は、古典力学ケプラー問題でも同様なリー代数が存在している。
今回では、水素原子のときと同様にエネルギー負の束縛状態を考え、{\textstyle so(4) }代数を構成できることを示す。

本記事の構成は

  1. 第一弾の復習(ケプラー問題の保存量)
  2. 第二弾の復習(角運動量ベクトルとLRLベクトル各成分間のポアソンブラケット演算)
  3. {\textstyle so(n) }代数の導入
  4. {\textstyle so(n) }代数のブラケット演算
  5. 束縛状態におけるso(4)リー代数

のようになっている。

第一弾の復習(ケプラー問題の保存量)

第一弾ではケプラー問題における運動の第一積分、すなわち保存量について論じた。
すなわちケプラー問題のハミルトニアン


\begin{eqnarray}
H(\boldsymbol{r},\boldsymbol{p}) =\frac{\boldsymbol{p}^2}{2m} - \frac \kappa r 
\end{eqnarray}

に対して、角運動量ベクトルを


\begin{eqnarray}
\boldsymbol{L} = \boldsymbol{r} \times \boldsymbol{p}
\end{eqnarray}

、LRLベクトルを

 
\begin{eqnarray}
\boldsymbol{M} = \frac{1}{m} \boldsymbol{p} \times \boldsymbol{L}  - \frac{\kappa\boldsymbol{r}}{r}
\end{eqnarray}

で定義すると、


\begin{eqnarray}
\frac{dL_i}{dt} &=&
 \left\{ L_i, H \right\} 
 = 0\\
\frac{dM_i}{dt} &=&
 \left\{ M_i, H \right\} 
 = 0
\end{eqnarray}

となりそれぞれのベクトルが保存されることを見た。

第二弾の復習(角運動量ベクトルとLRLベクトル各成分間のポアソンブラケット演算)

第二弾では角運動量ベクトルとLRLベクトル(Laplace-Runge-Lenzベクトル)の各成分のポアソンブラケット演算を計算した。
すなわち、


\begin{eqnarray}
\{ L_i , L_j \} &=& \sum_{k} \epsilon_{ijk} L_k \\
\{ M_i, M_j \} &=&   -\frac{2H}{m}\sum_{k} \epsilon_{ijk} L_k \\
\{ L_i, M_j \} &=& \sum_k \epsilon_{ijk} M_k
\end{eqnarray}

であることを見た。

{\textstyle so(n) }代数とは

{\textstyle so(n) }代数は、n次元ベクトル空間の狭義回転群{\textstyle SO(n)}の生成元が成すリー代数である。

{\textstyle x_i x_j }平面({\textstyle i\neq j })に関する回転の生成元は


\begin{eqnarray}
L_{ij}= x_i \frac{\partial }{\partial x_j } - x_j \frac{\partial }{\partial x_i}
\end{eqnarray}

のように表される。
すなわち、生成元から生成される指数演算子の集まりは


\begin{eqnarray}
\left\{ e^{\theta L_{ij}} | \theta \in \boldsymbol{R} \right\}
\end{eqnarray}

となり、{\textstyle x_i x_j }平面に関する回転群を成す。
実際に、ベクトルに対して演算子を作用させると


\begin{eqnarray}
e^{\theta L_{ij}} \begin{pmatrix} x_i \\ x_j\end{pmatrix}
&=&
\sum_{n=0}^\infty \frac{\theta^n L_{ij}^n}{n!} 
 \begin{pmatrix} x_i \\ x_j\end{pmatrix} \\
&=&
 \begin{pmatrix} x_i\cos\theta - x_j \sin\theta \\ x_i \sin\theta + x_j \cos\theta\end{pmatrix} \\
&=&
\begin{pmatrix}  \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}
 \begin{pmatrix} x_i \\ x_j\end{pmatrix} \\
\end{eqnarray}

となり、回転行列を作用させることと同等の働きをする。
これが(部分)回転群の線形表現である。
途中で、


\begin{eqnarray}
L_{ij} x_i = -x_j,\ L_{ij} x_j = x_i
\end{eqnarray}

を用いた。
 {\textstyle so(n)}代数の生成元から作られる指数演算子により、{\textstyle SO(n)}群が構成される。
すなわち、


\begin{eqnarray}
SO(n) = \left\{ \exp\left(  \sum_{i < j } \theta_{ij} L_{ij} \right)  \Bigg| \theta_{ij}\in \boldsymbol{R} ,\  \right\}
\end{eqnarray}

となっている。

{\textstyle so(n) }代数のブラケット演算

リー代数においてはブラケット演算が定義されるが、上記の {\textstyle so(n)}代数に対しては、交換関係で定義する。
このとき生成元間のブラケット演算の結果は、


\begin{eqnarray}
\left[ L_{ij} , L_{kl} \right] 
&=&
L_{ij}L_{kl} - L_{kl}L_{ij} \\
&=& 
 \delta_{jk} L_{il} - \delta_{ik} L_{jl}-\delta_{jl} L_{ik} + \delta_{il} L_{jk}
\end{eqnarray}

となる。
とくに{\textstyle so(4) }代数では、

 
\begin{eqnarray}
\left[ L_{32} , L_{13} \right] &=&  L_{21} \\
\left[ L_{14} , L_{24} \right] &=&  L_{21} \\
\left[ L_{32} , L_{24} \right] &=&  L_{34} 
\end{eqnarray}

等が成立する。

束縛状態におけるso(4)リー代数

{\textstyle H<0 }を固定し、(この時点で考える位相空間をエネルギー一定の超平面に制限したことになる。量子力学のときと似た状況)


\begin{eqnarray}
\boldsymbol{\tilde M} = \sqrt{\frac{m}{-2H}} \boldsymbol{M}
\end{eqnarray}

とすれば、


\begin{eqnarray}
\{ L_i , L_j \} &=& \sum_{k} \epsilon_{ijk} L_k \\
\{ \tilde M_i, \tilde M_j \} &=&\sum_k\epsilon_{ijk} L_k \\
\{ L_i, \tilde M_j \} &=& \sum_k \epsilon_{ijk} \tilde M_k
\end{eqnarray}

となる。

ここで、

\begin{eqnarray}
&& L_1\rightarrow L_{32} ,\ L_2\rightarrow L_{13} ,\ L_3\rightarrow L_{21} \\ 
&& \tilde M_1\rightarrow L_{14} ,\ \tilde M_2\rightarrow L_{24} ,\ \tilde M_3\rightarrow L_{34} \\ 
\end{eqnarray}

という置き換えをし、ポアソンブラケット演算を交換関係演算に置き換えると、{\textstyle so(4)}代数と同じブラケット演算となっていることが分かる。
すなわち、両代数はリー代数同型である。
したがって、束縛状態について角運動量ベクトルとLRLベクトルを規格化したものは{\textstyle so(4)}代数を成す。

まとめと今後の展望

本記事ではケプラー問題の束縛状態において{\textstyle so(4)}リー代数を構成できることを示した。
次の記事ではケプラー問題において束縛状態が閉じた軌道を成す理屈をハミルトニアン解析力学の知見を用いて分析する。
直接は{\textstyle so(4)}代数は出てこないが別のリー代数(シンプレクテック群を生成する)が
重要となる。
今回の{\textstyle so(4)}代数についても展開をしていく予定である。

ケプラー問題と力学的対称性(その2)~角運動量ベクトルとLRLベクトルのポアソンブラケット演算~

いくつかの記事を使って古典力学における力学的対称性について論じるつもりである。

今回はケプラー問題における力学的対称性に関する記事の第二弾である。
第一弾ではケプラー問題における運動の第一積分、すなわち保存量について論じた。
今回は角運動量ベクトルとLRLベクトル(Laplace-Runge-Lenzベクトル)の各成分のポアソンブラケット演算を計算したのでそれを記す。
ただの計算ノートなので、特に深いことは書いていない。
ハミルトン形式解析力学の計算練習と思って利用していただくのが良いと思う。

今回の計算は気合いで遂行したが、外積代数を用いると、もっと簡単にできたかもしれない。

本記事の構成は以下のようになっている。

  1. はじめに
  2. 角運動量ベクトル間のポアソンブラケット演算
  3. LRLベクトル間のポアソンブラケット演算
  4. 角運動量ベクトルとLRLベクトル間のポアソンブラケット演算

以下、ノートを貼り付ける。
ケプラー問題と力学的対称性(その2).pdf - Google ドライブ


まとめと今後の展望

本記事ではポアソンブラケット演算に関する計算ノートをアップロードした。
次の記事ではこの計算結果を用いてケプラー問題に潜んでいるリー代数について論じる。

ケプラー問題と力学的対称性(その1)~運動の第一積分~

いくつかの記事を使って古典力学における力学的対称性について論じるつもりである。
今回はケプラー問題における力学的対称性についての記事の第一弾である。
本記事では、ケプラー問題における第一運動の積分、すなわち保存量について論じる。

古くから知られているようにケプラー問題に限らず、球対称ポテンシャル下では、角運動量が保存される。
このベクトルの方向が保存されるということは、運動する面が一定であるということである。
ケプラー問題のように1/rに比例するポテンシャル下では、エネルギーや角運動量の他に別の量もまた運動の第一積分となる。
それがLaplace-Runge-Lenz(LRL)ベクトルである。
このベクトルは角運動量ベクトルと直交している定ベクトルである。

本記事の構成は以下のようになっている。

  1. LRLベクトルの天下り的導入
  2. ハミルトン形式の解析力学の基礎
  3. 角運動量ベクトルとLRLベクトルの保存則
  4. LRLベクトルの大きさ
  5. LRLベクトルが運動する面内にあること
  6. LRLベクトルと離心率の関係

保存則についてはSchiffの量子力学の教科書Fradkinの論文、離心率についてはLandau-Lifshitzの力学の教科書を主に参照した。

ケプラー問題と力学的対称性(その1).pdf - Google ドライブ


まとめと今後の展望

本記事ではケプラー問題における運動の第一積分であるLRLベクトルの性質について論じた。
次の記事では、LRLベクトル・角運動量ベクトルの成分間のポアソンブラケット演算の計算ノートをアップロードする。

SO(4)群とso(4)代数の表現論(その2)〜 同相であるが群同型ではない二つのリー群 〜

SO(4)群とso(4)代数の表現論についてまとめる記事の第二弾である。

第二弾では前回の記事
adhara.hatenadiary.jp
で出てきた、SO(4) 群と SU(2)×SO(3)群の関係について論じる。

この記事の動機は、しばしば
{\displaystyle
SU(2)×SU(2)/Z_2\simeq SO(4)
}
とか書かれるが(例えばLaplace–Runge–Lenz vector - Wikipedia)、曖昧でありあまり好ましくない(SO(4)とSU(2)×SO(3)の何れも指しうる)、ということを論じたかったからである。

記事の構成は、

  1. 両群がSU(2)の商群となること
  2. 両群の関係

のようになっている。
SO(4)群とso(4)代数の表現論(その2).pdf - Google ドライブ


まとめと今後の展望

今回の記事はSO(4) 群と SU(2)×SO(3)群は同相であるが群同型ではないことを論じた。
(群同型ではないことについては不完全、記事の目的には完全には答えていない。)
続きの記事はすぐには書かないが、この積み残しと、幾何学的な理解について取り扱おうと考えている。


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